2020 / 07 / 22

記憶の標本
episode no.003

5年以上前のこと。

地下鉄に乗り、家に帰っているとき、

暗い窓に映った隣の女性が

泣いているように見えた。

 

本当に泣いているのかはわからないけれど、

その時、今この電車に乗っている人すべてに

「今日」という日があったんだと、ふと思った。

 

今日が平凡に過ぎた人もいれば、

何かミスをして肩を落す人、

おろしたての靴を履いているだけで少し気分がいいという人もいるだろう。

今日、恋人ができた人、あるいは別れた人もいるかもしれない。

 

この車両に乗る人全てに、

その人なりの悩みや喜びがあるのかと気づくと、

こんなにも個々な存在が同じ空間を

しばしの間、共有しているということがとてつもなく奇妙に思えた。